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2013.11.20

福島晋一選手の引退

福島晋一選手2013年TOJ南信州ステージ11月8日金曜日に飯田市でも福島晋一選手の引退記念パーティーが開催されました。

東京では11月2日に行われ、エキップアサダの浅田顕さんをはじめ、UCIプロツアーチーム所属の宮澤崇史選手、UCIプロコンチネンタルチーム所属の新城幸也選手といった縁ある方と160名以上のファンの方々が労いと祝福にいらしたそうです。


福島晋一さんは、プロの自転車ロードレーサーです。

信州大学で自転車ロードレースと出会い、以来22年間も現役のプロロードレーサーとして第一線を走ってきました。

全日本チャンピオンをはじめ、ツアー・オブ・ジャパンでの日本人初の総合優勝、ツアー・オブ・サイアム総合優勝、ツール・ド・ランカウイでステージ優勝など、華々しい成績を残しています。

昨年は世界大会(ワールドカップ)にも日本代表の一人として出場しました。
日本を代表するプロロードレーサーの一人として、まだまだ現役で通用するパワーとテクニックを持っていらっしゃいます。

42歳という年齢をまったく感じさせない熱い走りは、引退レースとなった「さいたまクリテリウムbyツールドフランス」でも存分に発揮され、多くのファンが引退を惜しみました。

福島晋一さんは、今月18日から平成25年度JOCスポーツ指導者海外研修員としてマルセイユへ渡り、自転車ロードレースのコーチングやチーム運営の勉強を2年間おこないます。

研修後は、東京オリンピックに向けての自転車ロードレース界のボトムアップをはじめ、チームのコーチングや運営でも活躍されることでしょう。

福島晋一さんの目標は、自身が監督するアジアの自転車ロードレースチームによるツール・ド・フランスへの出場です。


福島晋一選手2006年11月5日福島晋一選手と初めて出会ったのは、2006年11月5日ですから、ちょうど7年前になります。

ダイハツ・ボンシャンスをプロロードレース選手育成チームへ再編して、飯田市を拠点とすべく、弟の福島康二選手(現サイクルライフ・プロデューサー相沢康二さん)と現在フランスでプロロードレーサーとして活躍中の新城幸也選手と一緒に転居していらっしゃいました。

自分は田舎の自転車好きのおっさんにすぎませんが、同じ市内に住む縁もあって、子供たち共々に顔を覚えてくださっています。


ツール・ド・フランスで知られる自転車ロードレースは、200km前後の距離を走って1位の選手を決める競技です。

ツール・ド・フランスでは、約1か月間かけてフランスを一周するように20のレースを行って、総合成績で順位を決めるツアー形式のレースになります。

毎日のレースをステージと呼び、ステージ毎の1位も称えますが、最大のタイトルは、20ステージの間の積算時間が最も短かった選手に贈られる個人総合時間賞。
ツール・ド・フランスの場合は、個人総合時間賞1位の選手に黄色の専用ジャージが贈られることから、マイヨ・ジョーヌ(レースジャージ、黄色の)として有名です。

マイヨ・ジョーヌの他に、スプリントポイントの総合計第1位に贈られる緑のマイヨ・ヴェール(個人総合ポイント賞)、山岳ポイントの総合計第一位に贈られる白地に赤玉マイヨ・ブラン・ア・ポワ・ルージュ(山岳賞)、25歳以下の中で一番積算時間が短い選手に贈られる白いマイヨ・ブラン(新人賞)の3つの大きなタイトルがあります。

これらの賞は、ステージが終わる毎にその時点のタイトル保持者にジャージが託されステージ優勝者と併せて表彰もされます。

最終日、パリのシャンゼリゼで最終的な順位が決定して総合成績を表彰され、賞金が授与されます。

自転車ロードレースでは個人の順位が決まりますが、実際には、5~9人のチームで競って、チームメンバーはエースを勝たせるようアシストします。

賞金はチーム内で貢献度に応じて分配されるシステムの様です。
なお、プロロードレーサーはUCI(国際自転車競技連合)によって、所属クラス毎の最低年棒が決まっていて、賞金とは別にチームから年棒が支払われています。


約一カ月かけてフランスを一周して競うツール・ド・フランスをはじめ、スペインを一周するブエルタ・ア・エスパーニャ、そしてイタリアを一周するジロ・デ・イタリアの三大大会をはじめ、多くのステージレースやワンデー・レースが行われるほどヨーロッパでは人気の高いプロスポーツです。

そのため、サッカーと同じように、トップ選手は高額な年棒を手にしているようです。
また、個人スポンサーがついている選手も多くいます。


自転車ロードレースは、残念ながら、日本ではそれほどメジャーではありません。

浅田顕さんが、ブリヂストンサイクル自転車競技部(現チーム・ブリヂストン・アンカー)で現役時代にプロ宣言して、日本のプロロードレースが始まったのだそうです。

それ以前は、いわゆる実業団チームによる社会人選手が日本のロードレースを支えていました。

UCIが公認するプロロードレースチームは三つのクラスに分けられていて、最上位がUCIプロチーム、次にプロフェッショナルコンチネンタルチーム、そしてコンチネンタルチームとなっています。

日本では現在、8つほどのコンチネンタルチームが活動しています。


福島晋一さんが飯田に転居されてきた2006年時点では、ツール・ド・フランスを完走した日本人選手は皆無どころか、戦後のツール・ド・フランスを走った日本人選手は、1996年の今中大介さんが唯一でした。

2009年に新城幸也選手がフランスのBboxブイグテレコム(UCIプロツアー)へ移籍して、その年にツール・ド・フランス出場が決まりました。
この年は別府史之選手もツール・ド・フランスへ出場して、日本人選手二人は揃って初の完走も果たしています。

以後、別府史之選手、新城幸也選手は揃って欧州ツアーの中核選手として活躍し続けています。


2020年の東京オリンピックに向けて、東京都では優秀な中学生アスリートを選抜して、自転車ロードレース、ボートやボクシングといったマイナースポーツ選手の養成をはじめました。

福島晋一さんも、帰国後は東京オリンピックへ向けての自転車ロードレース選手の強化に取り組むことになるでしょう。

東京オリンピックによって、オリンピックの正式種目である自転車ロードレースも注目されます。

この機会に、日本での自転車ロードレースが盛り上がり、福島晋一さんはじめ多くの優秀な指導者も活躍する場が増えればと願ってやみません。

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