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2013.07.29

極楽峠(中馬街道)

下條村睦沢から旧浪合村(なみあいむら)へと抜ける古道には、下條側からピークまで三十三観音が安置されている。

公用や商用以外の旅は巡礼と相場が決まっていた時代、道標も兼ねて主要な峠道に三十三観音を安置するのが慣わしだったのだろうか。

極楽峠は、三十三観音で有名な峠道。

この古道は、中馬街道として発達した。

古来から伝統的に発展した運輸形態である伝馬は、江戸幕府によっても正式な運輸業として保護された。
しかし、駅(宿場)で必ず馬換えし、その都度宿継ぎ料を徴収されるなど、非効率かつ高価なものになっていた。

農民は自身の農耕馬で収穫物を運んでいたが、ついで仕事として物品の搬送を依頼する者が現れ、農民の駄賃仕事から中馬へと発達していった。

山国での運送は人馬に頼らざるを得ず、伝馬と違って馬換えせずに荷を運ぶ中馬は、特に信州や甲州で盛んとなった。

幕府公認の伝馬業者は中馬を排斥しようとしたが、需要が味方となって叶わず、特に尾張名古屋から信州飯田へ通じる三州街道(飯田街道)では、飯田藩が中馬の規制の手を緩めていたため隆盛した。
そして、飯田宿が中馬の拠点となり荷問屋が設置されて中継地となっていた。

三州街道は現在の国道153号線とほぼ一致するそうだが、名古屋方面から長野県に入り、平谷村を過ぎて治部坂峠を越えてからR153から逸れて、治部坂川に沿って浪合の関所に至る。

古道は、旧浪合村から下條山脈松沢山の東側を越えて下條村睦沢へと下る。
ピークを極楽峠という。

現在は林道極楽線が、古道とはルートを異にして阿智村浪合と下條村睦沢とを結んでいる。

林道のピークは新極楽峠。


今回は、長野県道1号線を天龍村まで南下し、和知野川を遡上するように県道430号、243号と走り継いで浪合入りし、林道極楽峠線で下條村まで出るコースをロードバイクで走った。


浪合から新極楽峠までは距離にして5km程度。
道幅は狭いが、全線アスファルト舗装されている。

新極楽峠の展望台は木々が茂り、眺望は望めない。下條村側へ2kmほど下ると極楽峠パノラマパークと呼ばれる展望台が整備され、飯田盆地と中央アルプス、南アルプスが一望できる。

新極楽峠からは、飯田市三穂立石の阿知川まで一気に下ることができる。

三穂の立石寺が立派なのも、周辺の人口の集積も、中馬街道と関係が深いのかも知れない。

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