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2010.09.28

夏の家

はるさんのブログに彼岸花の写真があった。今日は午後から雨が上がったので、冬季練習のコースを回るついでに、写真の場所へと寄ってみた。

彼岸花が好きだ。

子供の頃、夏の終わりに本栖湖(富士五湖の一つ)畔の民宿へ連れていってもらったことが何度かあった。

競艇選手養成所の訓練を眺めたり、廃墟になった別荘を探検したり、本栖湖でナマズを釣って遊んだ。

廃墟の別荘へと続く小道に咲く真っ赤な彼岸花と、その蜜を目当てに集まるジャコウアゲハの妖しいコントラストがとても印象的で、今でも目に浮かぶ。

そう言えば、実家の近くで彼岸花を摘んで来て部屋に飾ろうとしたら、叱られたこともあった。
名前の由来や毒草であることから、その美しい姿に反して、好ましい花とはされていない。

山口百恵の『曼珠沙華』(マンジューシャカ)は大好きなアルバム。
親戚のお兄さんから貰ったカセットテープを、文字通りすり切れるまで聴いたものだ。


本栖湖畔の民宿は、従祖母(父方の祖母の妹)が一人で切り盛りしていた。
彼女は満蒙開拓団として家族で中国東北部へ移住し、敗戦で帰国した国策被害者の一人だった。

今思えば残念なことに、彼女から昔話を聞いた記憶は無い。
思い出すのは、土間を上がった薄暗い框で小さくて真っ白な猫と真っ黒な猫とを膝に乗せて笑う姿くらいだ。

従祖母の所に、運転手付きの黒塗りの高級車で乗りつける老紳士が立ち寄って、茶飲み話をして行くことがあった。
随分後になって、笹川良一さんだったことを知った。

氏が子供たちと一緒に「世界は一家、人類は皆兄弟」と斉唱する日本船舶振興会のコマーシャルは、当時流れていたと思う。本栖研修所への所用ついでに、従祖母の所へ寄っていたのだろう。
テレビでよく見かける人物、と言うよりは“昭和の怪物”と畏怖された怪人が、物寂しい場所に建つ古びた民宿の老寡婦を偶に訪ねて茶飲み話をしているなんて、きっと運転手くらいしか知らなかっただろうな。

一体、どんな話しをしていたのだろうか。戦争当時の苦労話だったろうか?
子供だったのだから、無邪気に框にでも座って二人の話しを聞いていれば良かったのに、子供だったから外で転げ回って遊んでいたのだろう。

従祖母も笹川良一氏も鬼籍に入って久しい。草葉の陰で、今の日本をどう見ているのだろうか。

今日の走行記録はこちら

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