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2009.02.14

りんごの並木

1947年だから、かれこれ60年前になるのか。市街の3分の2を焼失する大火があった。

空襲をまぬがれたはずの地方都市は、戦争の疲弊が癒えない中、日常の営みの中で起きた火災によって焼け野原となった。
前年にも200棟近くが焼ける火災に見舞われており、3700棟を越える家屋が焼失した大火で、城下町の面影を残す旧い街並みはほとんどなくなってしまったそうだ。

大火の教訓を活かし、市街復興計画にグリーンベルトが導入される。
東西を流れる谷川河畔を緑地化して、それに対して新しく南北に緑地帯を交差させ市街を4区画に分ける。そうすることで、初期消火に失敗して大火に及んだとしても、市街の4分の3は類焼から免れる。

谷川河畔には公園が整備された。
新しく南北に伸びる緑地帯は、北に桜の並木、そして中学生らの提案によって南には林檎が植えられてりんご並木となっている。
果樹は手入れが大変だが、中学生らの後輩たちとボランティアがその世話を年々引き継いでいる。

以来、半世紀を過ぎ、並木道は美しい街路として市民に親しまれているわけだ。


先日、りんご並木の写真が必要になった。
書籍の中で紹介するためのもので、ワンカットということもあり、果実が色付いている並木の写真が欲しい。

ところが、手持ちの画像には右の写真(赤いテントの向こうがリンゴ)しかなかった。桜並木ならいくらでもあったのに(苦笑)。

写真を趣味や仕事にしている知人やブロガー、自転車仲間にも何人か声を掛けたが、そう言えば撮ってないなって返事ばかり。結局、市の観光課からいただいた。

身近すぎて、撮るのを思いつかないのか。
いや、あの並木は、手入れしている中学生たちのものって雰囲気がなんとなくある。

数年前の街路整備で、並木道全体が遊歩道っぽく整備された。
植えられているリンゴの木に触れることも自然にできるような、開放的なデザインとなった。

しかし、それ以前は、2車線の車道の中央分離帯に設けられた緑地に林檎が植えられ、周りはマリーゴールドの花で囲まれ、人が緑地にいることは不自然な街路だった。
実った果実が一つでも無くなると、「心ない行為が…」ってな感じで、地元新聞の記事になるほど。

そんな訳で、無意識に被写体としての対象からも外されているのかも知れない。


そう言えば、りんご並木の木々には、寿命を迎えているものが多いだろう。
果樹としてのリンゴの寿命は、20年~30年と聞いている。

半世紀前に植えられたリンゴの木は、既に一本も無いんじゃないかな。
植えた当時は大半が「国光」、そして一部「紅玉」という品種構成だった。
30年ほど前、寿命を迎える木々が増え、ちょうど当時注目の品種となっていた「ふじ」へ都度植え替えされた。
(それ以前に寿命が来た木は、「デリシャス」に替えられていた。)

また多くの植え替えが必要な時期になっている筈だ。
きっと、中心となって世話をしている中学生たちは、手塩に掛けた木々の行く末に心を悩ましていることだろう。

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